ホンダ DJ1L

昔 近所の交番のオマワリがこのDJ1Lで巡回に回っていた。当時少々いじったカブ90に乗っていた私はこのスクーターを原付(60km/h以上出ない)と思い込んで ほぼ直線の田舎道で振り切ろうとしたが…追い付けれ拘束された。手錠を掛けられ交番に連行され、3時間くらい説教を喰らった(昔のオマワリは乱暴だった)。

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レッドゾーンが50km/hから始まる「80kmメーター」は伊達ではない。出足の加速は到底カブなんぞの比ではなく、最高速が伸びたら 敵うはずもないのは改造猿を知る吾人なら判ろうというもの。 当時のスクーターは安全は二の次、むしろパワーを抑えることに腐心するほどスペック至上主義の古き良き時代だった。

 

二十数年前我輩を撃墜してくれた敵戦闘機と御殿場フリマで再開を果す。今見ると紅白餅の如き御目出度いカラーだが、当時は若者に大人気のDJ1とその発展型DJ1Rの狭間で、どちらかというと地味な存在だった。その後にDJ1RRのハイスペックも登場したが、80年代後半からはメットインが絶対条件になりつつあった。

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ホンダは塗装や樹脂が何故か脆い時期があった。キレイな赤シートは貴重。このネーミングには諸説があるが、昭和末期は いまだラジオがサブカルの一翼を担っていたのがわかる。今と違って、原付二種しかも排気量56ccなどという 中途半端な一人乗りの認知度はその頃は随分低く、現存する個体もそうとう少ないのではないかと思う。マイナーな派生型としても貴重な昭和のスクーター。

とはいえ、前述のマッドマックスのような経験を、その後も繰り返した私は、この色のDJ1に ひどいトラウマを持つようになってしまった。そのオマワリには 巡回中に私の自宅を発見され、「交機はどうだ?」とか就職まで斡旋された…。 (行くか!)